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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)546号 判決 1998年7月21日

控訴人

山下文子

右訴訟代理人弁護士

上原茂行

被控訴人

株式会社日和

右代表者代表取締役

大森一美

右訴訟代理人弁護士

中村善胤

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

当事者の主張と争点

第一 控訴の趣旨

一 原判決を取り消す。

二 被控訴人の請求を棄却する。

第二 当事者の主張

次のように、当審における控訴人の主張を付加するほか、原判決事実摘示中の「第二当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

注文者の所有又は使用する土地の上に請負人が材料全部を提供して建築した建物の所有権は、建物引渡の時に請負人から注文者に移転するのを原則とする(最高裁昭和四六年三月五日判決)。

ところで、本件請負契約書は、通常用いられている定型的用紙により作成されたものであるところ、建築請負業界においては、右同一書式を用いて作成された請負契約書に基づき建築がされた場合、その建築物の所有権は、引渡までは請負人に帰属しているとされるのであり、原判決のように、建築物所有権が注文者に帰属する旨の黙示的合意があったとすることは、実務界の常識に全く反するものである。

加えて、原判決の理由とする原判決九頁四行目から八行目までの本件請負契約書の一六条、一七条の解釈にかかる説示は、その論理が逆転しており、余りにも牽強付会なものと評さざるを得ない。

理由

一  原判決理由一、二の認定判断は、次に付加するほかは正当であるから、これを引用する。

1  原判決五頁六行目の「(現在の商号は」の次に「平成八年一二月一日変更、平成九年二月一二日登記により」を加える。

2  同七頁一〇行目のあとに次を加える。

「(6) (不可抗力による損害)

天災その他原告、訴外会社のいずれにもその責を帰することのできない事由によって工事の出来形部分または工事現場に搬入した検査済の工事材料について損害が生じたときは、訴外会社が善良な管理者の注意をしたと認められるときに限り、その損害額が請負代金額の一〇分の一を超えるものについて、その超過額を原告が負担する。損害額は原告、訴外会社協議して定めるものとし、火災保険その他損害をてん補するものがあるときは、それらの額を控除したものを損害額とする。(同第一三条)」

3  同八頁一二行目の「(弁論の全趣旨)」の前に、次のように加える。

「このため、仮差押決定は、右九戸のすべてを目的として発せられたが、本件各建物を除く四戸については、右仮差押えの執行としてされた登記嘱託の申請は、事件が登記すべきものではないことを理由として却下された。(甲一八、一九)」

4  同八頁一三行目の前に次のように加える。

「(六) 被控訴人は本件請負契約により建築される建物を一戸建建売住宅として販売する予定であり、訴外会社も当時そのことを知っていた。(甲三、一〇の一ないし三、被控訴人本人)

(七) 平成八年一二月末ころ、本件各建物のうち、別紙物件目録一、三、四、五記載の建物については、訴外会社から被控訴人に対し、新都市開発設計株式会社名義で建物引渡証明書が交付された。(甲五の一ないし四、一〇の一ないし三、一二の一ないし五、一五、二〇、弁論の全趣旨)」

二 右認定の事実からすると、被控訴人と訴外会社との間においては、本件請負契約の際、本件各建物が独立の建物といえる状態になった段階で、その所有権は被控訴人が取得するとの黙示の合意がされたものと認めるのが相当である。その主な理由は次のとおりである。

1  本件請負契約では、契約当事者のいずれかの責による解除の場合出来高部分は注文者の所有とする条項がおかれているが、解除前の出来高部分をいずれの所有とするかを直接に定めた条項は存しない(甲三号証)。しかし、契約解除前を解除後と別に扱うべき事由が存したとの立証はないし、かえって、注文者が九戸のうち三戸の上棟時までに全代金額の約66.5パーセントもの額を支払う約となっていて、出来高が支払代金額を超えるのはほんの一時期の大きくない額であることと、天災などによる出来高への損害の大部分を注文者の負担とする条項があることは、これら被控訴人の負担に見合う出来高の所有も注文者の所有とする意思でもあったとする理由といえる。

2  更に本件では、注文者の被控訴人は建築建物を建売住宅として販売する予定であり、訴外会社もこれを知っていたところ、被控訴人が建物を販売するには、その所有者である方が販売上は有利であるし、訴外会社も建築確認上の建築主を被控訴人に変更し、被控訴人は、変更代金額の八八パーセントにあたる七七五〇万円の代金を払っていることは、建物を被控訴人の所有とする意思であったとする理由となる。

控訴人は、当審において、甲三号証のような定型的請負契約書により建築請負契約が締結された場合、建築請負業界においては、建築物の所有権は、引渡までは請負人に帰属しているとするのが業界の実態であるとして、乙三(建築業者からの回答書)を提出する。

しかし、乙三は、主として請負代金確保の見地から、代金の支払があるまで建築物の所有権が請負人に留保されるべきであるとの請負人側のみの認識を明らかにするにすぎないものであり、契約内容の確定はこのような認識だけで定まるものではなく、具体的事案における契約条項、各個別の事情や注文者の認識などをも個々的に検討して定めるべきものであるから、乙三をもって前記判断を左右することはできない。

三  以上判断のとおり、被控訴人と訴外会社の間の所有権帰属の黙示の合意が認められるから、本件各建物は仮差押当時被控訴人の所有であったというべきであり、本件仮差押は違法である。

よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 前坂光雄 裁判官 三代川俊一郎)

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